[蒼い星空の下で]


 シルバーガンの地上テストも終わりに近づいた頃、バスターはレアナやガイと共に、遅めの夕食を食べていた。もっとも、ガイは早食いで有名なので、バスターやレアナがまだ半分ほど食べていない頃でも、デザートも含めて完食していたが。食後のコーヒーを飲みながら、ガイはなんとはなしに言った。
「もうすぐ宇宙でのテストかあ。ここのカフェテリアの飯とも、しばらくお別れだな」
「俺達がテストパイロットである以上、仕方ないだろ。ま、ここの飯が美味いってのには同感だけどな。基地によっちゃあ、壊滅的に不味いところもあるって話だしな」
 ライス代わりのチャーハンの最後の一口を飲み下すと、バスターはコーヒーにミルクを入れて、そのかぐわしい香りと味を堪能した。レアナもまた、最後の一口を食べ終えると、アイスティーを静かに飲み始めた。
「でも、そんなまずいご飯ばっかり食べて、そこの人達は大丈夫なのかなあ? やせちゃうんじゃない?」
 レアナのもっともな問いかけに対し、横に座っていたバスターはレアナの頭に手をやると、コーヒーカップを持ったまま答えた。
「不味いかどうかは民族の風習によっても変わるからな。ここは辺境の基地だからこそ、色んなメニューが用意されてるんだよ。そうでなきゃ、人間、どっかおかしくなっちまうからな。むしろ中央に近い基地のほうが、こういう福利厚生には疎いと思うぜ? それに中央の基地なら、少し車を飛ばせば、スーパーでもコンビニでもあるだろうしよ」
「ふーん……そうなんだ」
 レアナはその説明に納得したようで、残っていたアイスティーを一気に飲み干した。

 3人はカフェテリアから出て行くと、彼らの「家」と化したTETRAへと足を運んだ。ガイは半ば日課のようになった追加訓練の疲れもあってか、すぐに自分の個室に入ってしまったが、レアナも同じように彼女の個室に戻ろうとしたとき、不意にバスターに呼び止められた。
「おい、レアナ。今晩、何か用事あるか?」
「え?……えっと、特にないけど……」
「じゃあ、午後8時に呼びに来るから。忘れるなよ」
 一方的とも言えるバスターの誘いだったが、レアナは不思議と嫌とは思わなかった。今はまだ午後6時半。少しでも寝ておこうかな……そう思いながらレアナは自分の部屋に入り、ベッドにパイロットスーツのまま、横になった。もちろん、目覚ましをセットしておくのは忘れなかった。

「レアナ? 起きてるか?」
 ノックの音と目覚ましの音がちょうどシンクロして、レアナははっと目を覚ました。慌てて髪の毛を梳かして顔を洗い、身支度を整えると、すぐに扉を開けた。
「なんだ? 寝てたのか?」
 バスターの観察眼には卓越したものがあり、すぐにレアナの様子に気付いた。レアナは顔を赤くしながらも、小さく「うん」と答えた。
「ごめんね……約束してたのに」
「謝ることなんてねえさ。俺が誘ったことなんだし。じゃ、行こうか」
 そう言うとバスターはレアナの手を取り、さっさと歩き出した。レアナはいったいどこへ自分を連れていくのだろうと思ったが、黙ってバスターの手を握ったまま、歩いていった。

 シルバーガンのテスト飛行を行っている空軍基地は辺境の高地に位置しており、夜間でもあちこちに明かりが灯っていた。そんな明かりとは反対方向にバスターとレアナは歩いていった。ようやくバスターの足が止まったのは、カフェテリアや基地の建物が建っている場所の裏側。そこはちょっとした高台になっており、遠くの海が微かに確認できた。そういえばあの海には、バスターに連れて行ってもらったっけ。レアナはそんな体験をふと思い出していた。

 二人は手ごろな場所に直に腰を下ろすと、遠い海の上に浮かぶ星々に目をやった。レアナはこんなにも鮮やかな夜空を見たのは、バスターに夜の海へ連れて行ってもらって以来だった。
「きれいだね……基地のそばにこんなに星がきれいに見える場所があるなんて、知らなかった」
「案外、穴場なんて探せば見つかるもんなのさ」
 バスターは星空に目をやったまま、そっけなく答えた。
「でも……どうして、あたしをここに連れてきてくれたの?」
 レアナがもっともな質問をすると、バスターは心なしか耳を赤くして、視線を前に向けたまま呟いた。
「その……もうじき、宇宙テストだろ? 宇宙でも星は見えるけど、地球から見える星空とは違うからよ。それを忘れないうちにお前に見せてやりたかったんだ……ただそれだけさ」
 レアナはその言葉に、バスターが普段隠している優しさを垣間見た気がした。レアナはバスターの手にそっと手を重ねると、肩にもたれかかった。お互いの心臓の音がトクントクンと聞こえてくるようだった。
「ありがとう……バスター」
 バスターは返事をする代わりに、レアナの手をぎゅっと強く握り返した。けれど、レアナにはそれでじゅうぶんだった。天の川の中に夏の星々は明るく輝き、寄り添いあう二人を見守るようだった。



あとがき


BACK
inserted by FC2 system