[その想いをまっすぐに]


「筋トレはできても、やっぱりたまにはガーッと体を動かしたいよなあ」
 TETRA内に設けてあるトレーニングルームにて、ダンベルを持ち上げていたガイが残念そうに言葉を漏らした。腹筋を鍛えていたバスターはその声に運動を止め、額に浮かぶ汗をタオルで拭き取りながら、ガイのほうを向いた。
「なんだ? ガーッとしたスポーツって?」
「そりゃお前、野球とかサッカーみたいな球技に決まってるじゃねえか。俺様は野球派だから、キャッチボールだけでも出来れば、スカッとするんだけどなあ。この艦内じゃあ、そんな広さのところはねえんだよな」
「艦橋ででもやったらどうだ?」
 バスターは少し意地悪そうに言い、くくっと笑った。その言葉に、すぐさま、ガイが反論を申し立てた。
「な、何言ってんだ!? そんなことしたら、艦長にどんなカミナリ落とされるか、たまったもんじゃねえぞ!?」
「冗談に決まってるだろ。少しは頭冷やせ」
 相変わらず飄々とした様子のバスターに、ガイは怒る気も失せたのか、手に持っていたダンベルを手近の床に置いた。そして、自分はその傍らに腰を下ろした。
「野球が好きってことは、子供の頃にやってたのか?」
 ガイと同じようにトレーニングを一時休止にしたバスターは、なんともなしに尋ねた。するとガイは、心なしか嬉しそうに語りだした。
「まあな。軍に入る前、子供だった頃は、野球に結構ハマってたな。なんせ夢がワールドリーグの一軍に入ることだった時期もあったんだからな」
「ワールドリーグ!? そりゃまたデカい夢だったんだな」
「デカい夢に罪はねえんだぜ?」
「それにしたって、デカすぎだろ」
「いーんだよ。もう済んだことだしな」
 そう言うとガイはなんとなく寂しそうな表情になった。バスターは言いすぎたかもしれないと多少反省し、慌てたように声をかけた。
「け、けどよ。俺達はまがりなりにも軍人なんだからな、そこらのスポーツ選手よりは鍛えてると思うぜ?」
「そうだなあ……まあ、ワールドリーグどころか野球をやるメンバーすら、今じゃ頭数が足りなくなっちまったけどな」
 ガイはバスターの言葉に卑屈になるでもなく、あっけらかんと答えた。バスターはガイの実直で前向きな一面に、また触れたような気がした。
「クリエイタを入れても5人だしな。それにしたって艦長は監督向きだろうし、レアナにキャッチャーみたいな危ないポジションは任せられねえし……俺がキャッチャー役か。ガイ、お前は当然ピッチャーだったんだろ?」
「な、なんで分かったんだ?」
 予期せぬ問いかけにびっくりしたガイの様子に再び笑いを噛み殺しながら、バスターは答えた。
「お前はまっすぐなストレートが好きな投手って感じだしな。それにピッチャーは野球の花形だろうが。お前だったら、絶対に目指すポジションだと思ったんだ」
「なんだよ、そういうことか」
 ガイはバツが悪そうにがしがしと頭をかいた。
「でもバスター、そういうお前は? 子供の頃にスポーツしてなかったのか?」
「俺はそんなに……遊びでサッカーをやったくらいじゃねえかな。今好きなバイクも、それこそどこを走れっていうもんだしな」
 バスターは先のガイほどではないにしろ、どこか寂しそうに言った。自分がまっとうな子供時代を送れなかったことを、改めて自覚したからかもしれなかった。
「ふーん……でもよ、お前、さっき自分はキャッチャーだって言ってたよな。もしピッチャーだったら、厄介な変化球ばっかり投げそうだな。消える魔球とか、風圧に圧し戻されて打てないボールとかよ」
「なんだ、そりゃ。お前、たまに変なこと知ってるんだな。カーブとかなら投げ方くらいは知ってるけど。子供は肘を痛めるから、カーブは投げるなって言われたけどな」
「そうかあ? 野球やってりゃみんな知ってると思ったんだけどなあ」
 ガイは腕を組んで首をかしげた。そんなガイを尻目に、バスターが腹筋運動を再開しかけたとき、ガイはぽつんとバスターに向かって言った。
「レアナにも変化球ばかり投げてないで、たまにはストレート投げてやれよな」
 思いも寄らぬ言葉に、バスターは腹筋台から落ちかけた。それでもなんとか体勢を立て直すと、ガイのほうに向き直った。本人は気付いているのかどうか分からなかったが、その顔は朱に染まっていた。
「な、何言うんだ!? 俺がレアナをどうこうしようってのか!?」
「いや、別にどうこうじゃなくってよ。お前がピッチャーで、レアナがキャッチャーだとしたら、変化球ばかり投げられてたんじゃ、受け取るほうも大変だぜ? たまにはまっすぐ投げてやれよ。レアナの性格考えたら、わかるだろ? お前のこと、信頼しきってるんだからさ」
「……まあな」
 バスターはむっつりとした顔のまま座り込み、顎を手に置いた。
「けど、お前とレアナ、最初に会った頃よりは全然仲いいよな。たまにはストレートも投げてたってことか?」
 ガイはそう言うと、ニッと歯を見せて笑った。バスターは返す言葉もなかった。まさかキスまでしていると言ったら、何を言われるか、たまったものではないし。いや、既に知っているのかもしれない。そう考え出したら、もうトレーニングどころではなくなった。バスターは持参のタオルを肩にかけると、「じゃあな」と言ったきり、トレーニングルームを出て行った。
 残されたガイは、再びダンベルを持って腕を上下させながら、顔がニヤつくのを抑えられなかった。
「あいつら、本当は最高のバッテリーかもしれねえな。全く、バスターもレアナもからかいがいがあるよなあ」

 一方その頃、自室の前まで来たバスターは、ばったりとレアナと遭遇してしまった。さっきまでのガイとの会話がバスターの頭の中で反芻され、赤くなった顔を隠すように、バスターはレアナに背を向けた。
「バスター? どうかしたの?」
 いぶかしげに、けれど、どこか心配そうにレアナが尋ねてきた。バスターはタオルで顔を隠すようにして、振り向き直した。
「い、いや、なんでもねえさ。少しトレーニング、張り切っちまったみたいでな」
「そうなの……? あんまり無理しちゃダメだよ?」
「ああ、そうする。それじゃあな、レアナ」
「うん。おやすみなさい、バスター」
 互いに言葉を交わして別れ際に、バスターは衝動に駆られ、レアナを呼び止めた。
「あ……おい! レアナ!」
「え?……な、なに?」
「その、俺がお前に普段言っていることって……そんなにややこしいか?」
 レアナはその質問の意味を理解するのに数十秒かかったようだったが、やがてゆっくりと口を開いた。
「……むずかしいときもあるし、でも、やさしいときもあるよ。だけど、それがどうかしたの?」
「そ、そうか……ならいい。変なこと聞いて悪かったな、レアナ」
 バスターはそう言ったきり立ったまま黙り込んでしまったので、レアナも突っ立ったままだった。だが、しばしの間の後、バスターはレアナの腕を引っ張ると、自分のほうに抱き寄せ、そっと口付けた。
 突然の出来事にレアナは真っ赤になり、しどろもどろになってしまったが、負けず劣らずますます赤くなったバスターは、レアナを離すと、再び背を向けた。
「い、今のが俺の豪速球のストレートだからな! それだけだ!」
 それだけ言い残すと、バスターは逃げるように自室に入ってしまった。レアナはしばらく呆然としていたが、やがてふらふらと自室に入った。そのままベッドに腰掛けると、唇をそっと右の人差し指で押さえた。
「バスターってば……いきなりなんだもの。わかんないよ……」
 それでも、レアナは先の行為を嫌だとは微塵も思わなかった。バスターの人嫌いな一面は知っているし、ひねくれているところも知っている。その彼が顔をあんなにも赤くしていたのだから、いたずらのはずはあるまい。そう思うと、なんだか嬉しくなってくる感覚をレアナは覚えた。
「豪速球だって……たしかにそうかも……でも、何のことだろ。ガイにでも聞いて……ううん、こんなこと、人に言えるわけないじゃない……!」
 一人で呟くと、レアナはベッドに横になり、まだ火照っている顔を両手で押さえた。

 翌朝。食堂に集まったバスターとレアナは、一目で寝不足だとわかる顔をしていた。
「どうした。二人とも具合でも悪いのか?」
 テンガイが二人を見るなり心配して尋ねてきたが、バスターとレアナは揃って首を振った。
「な、なんでもないって。心配しないでくれ、艦長」
「あ、あたしも。ゆうべはちょっと寝つきが悪かっただけなの」
 その様をクリエイタの手伝いをしながらガイは見ていたが、その心中ではほくそ笑んでいた。
(バスターの奴、ストレートをレアナにぶつけたんだな……でもよ、それでいいと俺様は思うぜ?)
 ガイが普段よりも大人に見えた、そんなめずらしい朝の出来事だった。



あとがき


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