[The Girl's Start in Life]


 実験的に純粋なパイロットとしての教育だけを受けて育てられた「被検体」――それが孤児となり、連邦軍の施設に育った少女、レアナの軍での立場だった。
 実際、彼女にはパイロットとしての才能が元より存在していたのかもしれない。難解な各戦闘機の操縦方法もすんなり覚えていったし、初飛行のときさえ、それが初めて戦闘機を操縦する者の飛行ぶりとは思えないほど見事なものだった。「純粋なパイロット」としての教育計画は、予想以上に成功したと言っても過言ではなかった。

 だが、その反面、レアナはパイロットとしての教育以外は殆ど受けることが出来なかったため、極端な世間知らずとなってしまった。そのため、軽級巡洋艦「TETRA」に実験的実戦配備されることが決まったときの、施設での育ての親とも言える人々の不安は計り知れないものだった。いくらあの天真爛漫な性格を持っているとはいえ、果たして、彼女が「外界」の人間と上手く接していけるだろうか?自分たちはもっと、一般常識を教えるべきだったのではないだろうか?たとえ、それが軍上層部の命令に反するものであっても。彼女はひとりの「人間」なのだ。決して実験用のモルモットではないのだ。それなのに、自分達は結局、命令通り彼女を「被検体」としてしか教育してやれなかった。レアナが長年育った施設を巣立っていった日、施設職員達は彼女を育てた思い出を懐かしむと同時に、そんな教育しかしてやれなかった自身を悔いていた。


 長年育った施設を出たレアナは、まず地球連邦軍本部に移送された。ここで配属先のTETRAの艦長であるソン=テンガイにまず面会し、それからTETRAへと入船する予定となっていた。
 幾つかの数えるほどの休暇以外、ほとんど施設の外へ出ることのなかったレアナにとって、「外」の世界は初めて出会う驚きの連続だった。施設の外へ出ることに対して、不安がないと言えば嘘だった。何より、今までは休暇で外出する先でも、必ず誰か「保護者」が傍らに存在していた。だが、たった独りで外界へと出ることは、17歳にして初めて味わう体験だった。周囲に見知った顔のいない連邦軍本部の一室で、レアナは今まで味わったことのない――否、幼少のときに両親を失って以来の――不安に見舞われながら、これから自分の上司となるソン=テンガイがやって来る時を待っていた。

「遅くなったな、すまん。マリアン=レアノワールだな?」
 スッと前方の扉が開くと、そこにはがっちりとした体型の老人が立っていた。いや、「老人」と呼ぶには不適切かもしれない。確かに年は相当食っていると思われるが、推察される年齢よりも遥かに生気に溢れ、現役の軍人の堂々たる風格を匂わせていた。その風格に圧されたかのように、レアナは思わず立ちあがっていた。
「は……はい!そうです!私がマリアン=レアノワールです!」
「ワシはソン=テンガイ。TETRAの艦長を務めている。まあ、そう緊張することもない。とりあえず座れ」
 テンガイはレアナの向かいの椅子に腰を下ろし、レアナもそれにおずおずと従った。厳格な雰囲気を漂わせているが、口調から判断するに、そう気難しい性格でもないのかもしれない。レアナはなんとなく、目の前の上司に親しみを持ち始めていた。
「お前の配属先のTETRAだが、今は新型戦闘機の開発に関わる任務の最中だ。そのことは聞いているな?」
「はい……私はそのテストパイロットなんですよね?」
「そうだ。今までの戦闘機とは段違いの性能を誇るモノでな。開発や飛行テストも、正直、難航している。なにせ、並の腕前のパイロットでは扱いも難しい代物なのでな」
「むずかしい……」
「だが、お前なら乗りこなせるだろう。今までの操縦テストの成績を見ても、トップクラスに入っているのだからな。心配は要らん」
 レアナは表情を曇らせていたが、テンガイの言葉でいくらか和らいだ。自分の頑張った証拠が認めてもらえたんだ……そう思うと、レアナは単純に嬉しく思えた。
「あ……ありがとうございます!あたし……いえ、私、がんばります!」
「別にワシにかしこまった敬語なんぞ使わんでもいいぞ。これから長い付き合いなのだしな。それに、言葉はそこに篭っている感情こそが大事なのだからな」
「……はい!」
 レアナは元気良く返答した。この艦長の元でなら、きっと大丈夫。確たる証拠はなかったが、レアナの中にはそんな思いが強く湧いて出てきた。
「今、TETRAに配属されとるテストパイロットは一人だが、お前ともうひとり、合計で三人が配属される予定となっておる。残りの一人も今日、お前と一緒に配属される予定だ」
「もうひとり……その人も、ここに来るんですか?」
「そのはずなのだが……遅いな。何をやっとるんだか」
 テンガイが少々苛立ったように言葉を吐くと同時に、先ほどと同じように音もなく扉が開いた。そこには、赤毛の青年が多少、息を切らせて――しかし、あくまで冷静な雰囲気で立っていた。
「失礼します!配属手続きで手間取り、遅くなりました。今日よりTETRA所属パイロットとなった、ガンビーノ=ヴァスタラビッチです」
 青年は敬礼を伴ってそう答えると、直立不動の姿勢を保っていた。テンガイの風格には負けるにしろ、そこには「軍人」の風格が確かに存在していた。
「やっと来たか。理由が理由なら仕方ない。お前もその辺に座れ。それに、ワシに対しては、そうしゃちほこばらんでもいいぞ」
「分かりました」
 青年は緊張をほぐし、ちょうど空いていたレアナの隣の席に腰掛けた。レアナが若者のほうへ目をやると、ちょうど視線が合った。レアナが自己紹介をしたほうがいいのだろうかと思い悩んだとき、青年はテンガイに向かって口を開いた。
「テンガイ艦長、彼女もテストパイロットですか?」
「そうだ。お前と同じく、今日付けで配属されるマリアン=レアノワールだ」
「そうですか。よろしくな、マリアン」
 青年はニッと笑い、右手を差し伸べてきた。それが握手を求めているサインだとレアナは気付き、慌てて自分の右手も差し出した。
「あ……あたしも……今日からよろしくです!」
 レアナの緊張した様子がおかしかったのか、青年は笑いをこらえるような表情で、差し出されたひとまわり小さな手を軽く握った。
「さて。揃って自己紹介も済んだことだし、TETRAへと行くか。今日から、お前達の職場でもあり居住区でもある所だぞ」
 二人の様子を眺めていたテンガイはおもむろに立ち上がり、青年とレアナもそれに従った。

「あの、ガンビーノさんはいくつなんですか?」
 TETRAが現在格納されている区域へと向かう途中、テンガイの後を歩きながら、レアナは隣を歩く青年に問い掛けた。
「今年で18歳になる。お前は?」
「あたしは17です。じゃあ、いっこしか変わらないんですね」
 青年は自分とほとんど変わらない年齢だった。だが、その印象は実年齢よりもずっと大人びたものに、最初に出会ったときからレアナには思えてならなかった。やっぱり、外の人は色んな経験を積んでいるからなのかなあ……レアナはぼんやりと、そんなことを考えた。
「そうだな。だから、敬語なんか使う必要ないぜ。それに、俺のことはバスターって呼んでくれ。そっちの通称のほうが、慣れてるんだ」
「バスター……じゃ、あたしのこともレアナって呼んでくださ……ううん、呼んで。施設でも、いつの間にかみんな、そう呼んでくれていたから」
「施設?お前、士官学校を出たって訳じゃないのか?」
 青年――バスターは怪訝な目をレアナに向けた。レアナはそのまなざしに一瞬、びくりときたが、正直に自身の身の上を話した。
「あたし、小さいころに軍の施設に入って……そこでパイロットの勉強をしてきたの。バスターは士官学校ってところで勉強したの?」
 レアナの問いに対し、バスターは驚いたような表情と口調で問い返した。
「……士官学校ってところって……お前、士官学校のことも知らないのか?」
「え?……うん。教えてもらったことないし……」
 しゅんと俯いてしまったレアナの様子に慌てたのか、バスターは取り繕うように言葉を続けた。
「ま、まあ、知らなきゃ知らないでも、別にいいさ。軍人になる勉強をするところだよ、士官学校は」
「へえ……そうだったんだあ。じゃあ、軍に入る人はみんな、そこで勉強するの?」
 レアナは好奇心の塊のように、バスターに再度、問い掛けた。バスターは髪に手をやってかきあげながら、多少困惑した表情で答えた。
「い、いや。そうじゃなくて……皆が皆、士官学校を出るわけじゃねえよ。オペレーターとか技術士官とかは、別に士官学校に行かなくてもなれるし。それに、叩き上げの兵士は士官学校なんか出ないしさ」
「たたきあげ?」
「えーっとだな……」
「二人とも、話の途中ですまんが、もう着いたぞ」

 テンガイの声に二人が前方に顔を上げると、振り返ったテンガイの影越しに、軽級巡洋艦「TETRA」が鎮座している姿が見えた。
「うわあ……思ってたよりも、やっぱりずっと大きいんだあ」
 レアナは思わず感嘆の声を上げた。その言葉に反応するかのように、すかさずバスターが言葉を差した。
「軽級巡洋艦で驚いてたら、超級艦なんて見た日には心臓飛び出しちまうぞ。あの大きさときたら、とんでもねえんだからな」
「これよりももっともっと大きな艦もあるの!?すごおい……」
「こら、二人とも早く来んか。中でお前達の同僚が待っ取るんだしな」
 テンガイの言葉に促され、バスターとレアナは慌ててテンガイの立っているTETRAの乗船口まで駆けて行った。もうひとりの同僚……どんな人なんだろ……レアナは不安と期待の入り交じった思いで、乗船口の開く時を待っていた。

「遅いじゃねーか!艦長!待ちくたびれちまったぜ!?」
 乗船口が完全に開くやいなや、ゴーグルをかけた若者が駆け出すように降りてきた。肌や髪の色から見て、テンガイと同じ、東洋系なのだろう。しかし、レアナはそんなことよりも、降りてきた若者のテンガイに対するあまりにもあっけらかんとした態度に、ぽかんとしてしまった。
「仕方なかろう。こっちにも事情があったのだからな」
 テンガイはゴーグルをはめた若者の態度を気にも留めない様子だった。どうやら、この若者はいつもこんな調子らしい。バスターとレアナは、テンガイと若者のやりとりを取り残されたように見ていたが、ふと若者がテンガイの後ろの二人にようやく気付いた。
「艦長、こいつらか?今日からここに配属になるってテストパイロットは?」
「そうだ。操縦の腕前は二人とも折り紙付きだぞ。お前も負けんように精進しろよ」
「なーに言ってんだよ!俺様だってまがりなりにもパイロットだぜ?腕前を信用してくれよな!」
 若者は胸をどんと張り、自信たっぷりに答えた。そして、バスターとレアナへと視線を向けた。
「おう!俺様は五十嵐=凱だ!ガイって呼んでくれりゃいいぜ!よろしくな!」
「五十嵐……そうか、お前が噂の……」
 バスターはガイの言葉に反応を示し、ニヤッと笑った。
「なんだよ!?俺様が噂のなんだってんだよ!?」
「悪りぃ、悪りぃ。お前、軍内じゃ有名人だから……さ?」
「そりゃ、どーいう意味でだよ!?」
「二人とも、しょっぱなからケンカはよさんか!」
 一触即発とまではいかずとも、バスターのからかいと、それにムキになって反応するガイのやりとりに、テンガイは呆れたように怒鳴りつけた。瞬間、場の雰囲気が凍ったが、すぐにその雰囲気は、同じくテンガイの言葉によって溶かされた。
「まったく……ほら、お前達も自己紹介しろ。バスター、レアナ」
「艦長?なんでそっちの通称を知ってるんですか?」
 不思議そうに問い掛けるバスターに対し、テンガイは当たり前のように答えた。
「お前達のさっきの会話を、ワシが聞いとらんとでも思ったのか?そっちの通称のほうがいいのだろう?それに、ワシには敬語は不要だ。普段通りでいいぞ」
「そ、そうですか……じゃあ、改めて。俺はガンビーノ=ヴァスタラビッチ。通称はバスターだ。よろしくな」
 バスターがそう言って右手をガイに差し出すと、ガイは同様に、しかし渋々といった様子で右手を差し出し、握手した。心なしか、お互い必要以上に力がこもっているかのようだった。
「……よろしくな。ところで、お前のほうは何て言うんだ?」
 バスターとの握手をし終えたガイがレアナのほうへ目をやると、レアナは一瞬とまどったが、すぐに明るい口調で答えた。
「あ、あたしはマリアン=レアノワールっていうの。でも、艦長が言ったように、レアナって呼んでね……よろしくね!」
「そっか。レアナか。こっちこそ、よろしくな!」
 ガイはレアナと同じように明るく答え返し、力強く握手した。その印象に、レアナが最初ガイに対して抱いていた不安は消え去ったが、ガイとバスターとの今後を思うと、この二人は上手くやっていけるのだろうかと、新たな不安を抱いてしまっていた。
「さてと、自己紹介も済んだようだし、中に入るぞ。艦内を案内するからな」
 テンガイの言葉に従い、一同はTETRA内部へと入船していった。レアナにとっては、新しい「居場所」への第一歩だった。


「……あのときは、ホントに心配したんだからね。バスターとガイ、仲良くなれないんじゃないかなあって。それで、これから怖いケンカばっかりするんじゃないかなあって」
 休憩室代わりに頻繁に使われているTETRA内のブリーフィングルームで、レアナはココアを飲みながら、当の二人――バスターとガイに言葉をかけた。レアナの言葉に、バスターは飲み掛けのコーヒーのカップを置き、少々呆れたように返した。
「お前、そんなこと心配してたのか?そんなことばっかりじゃ、やってけねえだろうが。現に、今こうして同じ部屋で休憩してるぐらいなんだぜ?」
「だって、あのとき、バスターもガイもなんだか怖かったんだよお?あたし、ハラハラしてたんだからね」
「俺様がか?何言ってんだよ。バスターの言う通り、今じゃ俺達、こっぴどいケンカなんかしてねーだろ?」
 バスターに同意するかのように、コーヒーを飲み干したガイも笑いながら声をかけた。その様子に、レアナも思わず釣られたように顔をほころばせた。
「そうだね。あたし達が来て、2週間ぐらいだっけ?……クリエイタが来た頃って?」
「ソウデスネ。ヒヅケカラ ケイサン スレバ ソレグライデス」
 傍らにいたクリエイタが、レアナの疑問に素早く答えた。
「ありがと、クリエイタ。……その頃には、なんだか二人とも友達みたいになってたね。なにかあったの?」
「別に。何もねえよ。ま、第一印象が悪くっても、それから後の付き合いは幾らでもなるってことかな。人間、見た目だけじゃわかんねえもんだしさ」
「そうそう。そんなもんだぜ」
 再度コーヒーカップを手に取りながら、バスターはさらっと答え、ガイはその言葉にうんうんと頷いた。レアナはその様を眺め、笑顔で二人に言葉をかけた。
「じゃ、バスターもガイも今は仲良しさんってことだよね!」
 その言葉にバスターは思わず飲み掛けていたコーヒーを吹き出しかけ、ガイは椅子からずり落ちかけた。
「お前、気色悪いこと、突然言うなよな!?」
 バスターはクリエイタが差し出してくれたナプキンで口元を拭いながら、ガイは姿勢を立て直しながら、同時に声を荒げた。レアナはその勢いに気おされたのか、多少身をちぢこませて、小さな声でこぼした。
「えー……だって、そうでしょ?」
「仲がいいったって、そういう言い方はよせよなー。……それに、仲良しって言うんなら、お前とバスターのほうが、ずっと仲がいいんじゃねーのか?」
「なななな、何言ってやがんだよ!おおお、俺はなー、こいつがあんまり世間知らずだから、ついほっとけなくって面倒見て……って、何言わせんだよ!!」
 茶化すようなガイの言葉に対し、バスターは顔を真っ赤にして反論した。顔を赤くしているのはレアナも同様で、こちらのほうはバスターのように反論することも出来ず、顔に手をあてて俯いてしまっていた。クリエイタはそんな三人のやりとりをどうしたものかと、おろおろと見つめていた。

「……はあ。もう、ガイったら、いきなりあんなこと言い出すんだもん……恥ずかしいよお」
 ブリーフィングルームでのバスターとガイとの騒ぎが、結局うやむやに収まった後、レアナは逃げ出すようにして部屋を出てきた。ため息をついて顔をあげると、通路に取りつけられた小窓から、強化ガラス越しに地球が見えた。
「そういえば、宇宙でのテストが始まって、もう4日目なんだ……」
 小窓から見える地球を眺めながら、レアナはふと、育った施設のことを思い出した。あの軍の施設はここから見える地域にはないし、見えたとしても肉眼では捉えることはもちろん出来ない。……「先生」達は元気だろうか?自分のことを心配していないだろうか?そんな思いが、レアナの脳裏を急にかすめた。
「……ここに配属されてから、全然連絡も取ってなかったっけ……。あ、そうだ。メールでも送ってみようかな。喜んでくれれば、いいなあ」
 レアナは踵を返し、ハミングを口ずさみながらコンピュータルームへと足を運んだ。


 同日、レアナが育った軍の施設に、1通のメールが届いた。その内容を目にした職員達は、一様に顔をほころばせた。レアナはきっと大丈夫だろう――そんな安堵の思いが、彼らの中に浮かび上がった。


『お久しぶりです。私はすごく元気です。TETRAの仲間とも、みんなすぐに仲良しになれました。任務は大変なものもあるけど、他のみんなも助けてくれるし、ちゃんとこなせています。先生達も元気でいてください。私、この新しい居場所でがんばります。だから、心配しないで応援してくださいね。レアナより』



あとがき


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